●てんぐのりょうぶん(天狗の領分)
【伝承】君津
●君津の草河原に伝わるもので、黒い色をしたどことなく平凡な石とは雰囲気の違うふしぎな石。これがあるところから先の山のなかは「天狗」たちの居る領域であることを示してるといい、入って行ったりするのはよくないとされてました。
【伝承】君津
●君津の草河原に伝わるもので、黒い色をしたどことなく平凡な石とは雰囲気の違うふしぎな石。これがあるところから先の山のなかは「天狗」たちの居る領域であることを示してるといい、入って行ったりするのはよくないとされてました。
【伝承】佐倉など
●瘧(おこり)をひとに起こさせる存在。病気の元凶と考えられてた。瘧にかかったときは、樒(しきみ)の葉っぱを100枚、川に流すと良いといわれてたそうです。
【伝承】佐倉など
●葡萄(ぶどう)の木を庭や家屋の近くには植えてはいけない、といわれてるもので、家の床下に根っこがのびて入って来たりすると家族の中に病気のひとが出るなどと言われていました。
●庭や家屋の近くに植えてはいけない植物についての俗信として日本各地に見られるもので、おなじ感じの内容のものが葡萄の他にも無花果(いちじく)や藤(ふじ)や枇杷(びわ)などさまざまにあります。
【伝承】印西
●女の首だけがふわふわと飛んで来たりしたというもの。「着物をつけてる」というはなしもあるが、首だけのかたちに対してどのように着物がついてるのかは具体的によくわからないデス。
●印旛郡の竹袋村や別所村あたりなどでいわれてたもの。むじな(狢)がひとをおどろかせるためにこれに化けてるなどといいます。
【伝承】久留里
●畑を荒らしてたりしてたわるい狸。むかし、おばあさんが栗(くり)を火で焼いて食べてると狸がやって来て、やたらと栗をねだってくる。「畑を荒らさぬと約束するならわけてやる」といったら、約束したので少しやると、遠慮をせずに何個もねだってガツガツほとんどの栗を食べてしまう。怒ったおばあさんが栗に似た大き目の石をこっそり焼いて狸の八畳敷きの睾玉(きんたま)にそれを投げつけてやったところ、狸は退散。翌朝、死んでたという。
▼昔話にあるもので、焼いた石を相手の好物と見せて与えて退治してしまう展開としては、各地に伝わる山姥(やまんば)や山童(やまわろ)などに対して「おもち」(白い石が使われる)が出て来るものと似ています。
【伝承】法典
●法典村のあたりで聴かれたことがあったというもので、夜道を進んでると、目の前の行く手に簾(すだれ)が道いっぱいに掛かってるというもの。狐たちがやってると言われてて、うっかりしてるとこれを潜ったり、破り捨ててるうちに持ってる食べ物などをちょろまかされてしまったりしたようです。
▼目の前に具体的な障害物が立ちふさがるといったもので、漠然と目の前を暗くて進めなくしてしまう妖怪たちとはまた別のもの。昭和初期ごろ、タクシーの行く手の前にこれが出たりもしたそうです。
【伝承】君津
●山の中にいるといわれてるもので、「てんぐ(天狗)」のような存在であるといい、鬼のように真っ赤な顔をした大男のようなすがたで現われて、山小屋をゆさゆさ手で揺すっていったりした、といったはなしもあったようです。
▼山の神様としてのことでは、7日が山神のおまつりの日にあたることから(2月7日と11月7日が神様が木を植えたり育ってるかどうかを調べる日とされてる)毎月その日には山に入ってはいけないといわれてたりもしたそうです。
【伝承】上総・勝浦
●勝浦の大沢あたりにつたわるもので、むかし、道を歩いてると、「ほれ酒飲め、われ酒飲め」とすすめてくる者があって、それは狐(きつね)で、うっかりしてると運んでる魚をごっそり盗まれてしまったりしたといいます。
▼飲料を、のめと呼びかけて来るかたちは、かぶきりこぞう(禿切小僧)と共通点が何かあったりするのかなァとも感じるところですが、まだ不鮮明です。
【伝承】安房郡
●白浜村の名倉につたわってたもので、胡瓜(きゅうり)を栽培したりするとたたりが起こるといわれてました。
▼むかし、鎌倉から安房のこの地へ流れて来た淵辺伊賀守(ふちべ いがのかみ)の子孫の家紋が鷹(たか)の羽で、鷹の羽の紋に胡瓜の切り口(縦にふたつに割ったかたちらしい)が似てるということから畑で作って食べることが忌まれてたということがモトになってると言い伝えられてたそうです。
【伝承】飯岡
●飯岡町などにつたわってるもので、冬のころ少しあたたかい夜になると、海の上にいくつもの怪火がとぶというもの。赤や青、橙、緑などいろいろな色をしてるともいわれます。
▼これが飛ぶと翌日は天気が荒れるとか嵐が来るとか言われてたそうです。海で亡くなったひとの霊が飛んでるとも、狐たちの出してる火であるともいわれます。
【伝承】野田
●五木村などにつたわってるもので、夜道などでひとのうしろを「ぱたぱたぱたぱた」わらじなどを履いて歩いてるような足音をさせてついて来るもの。うしろを振り向いても誰もいなく、音もそのまま消えてしまいます。狐(きつね)がやっているのだと言います。
▼日本の各地に伝わる後ろから足音がついて来たりするというものに該当するひとつ。
【伝承】君津など
●君津など各地につたわるもので、こよみの上で子(ね)の日にあたる日に畑に種をまいたりすると、その作物は必ず葬式のための作物になるとされていて、誰かが死ぬことを引き起こすのでよくないといわれてました。
▼特定の日に種まきをしてはいけないとされてる俗信のひとつ。撰ばれる日は違うものも多く、各地でばらつきはあります。
【伝承】手賀沼
●手賀沼につたわるもの。むかしある僧侶が沼のほとりを歩いてると脚をけがして動けなくなってる白い牛がいたので寺に連れ帰って手当てをしてやってあげました。
その後「手賀沼にはこのごろ中に棲む主が居なくなったので大水が出たとき止めるものが無くて困る」という僧侶の話をきいたあと、この白牛は沼の中にみずから飛び込んで沼のぬしとなり、過剰な大水が出るのをふせいでくれたりしたといいます。
▼「牛」が水中の主として登場する伝承は各地にもあって、そのうちのひとつ。
【伝承】上総
●太平洋側の上総で言われてたという鎌鼬(かまいたち)のことで、目の前などに立ち現れる小さい旋風(つむじかぜ)のこと。
▼「かまきち」という語は同地域では「とかげ」(かまんちょろ)の呼び名としても同発音のことばが使われてたりもします。
【伝承】君津
●小櫃(おびつ)川にあった淵「産女の淵」の水底にいたというぬしで、機(はた)を織ってる姫君のような姿が見られることがあったといいます。
淵には魚が多くおり、よくひとが魚を捕りに行ったりしたといいますが、決して水の中に入ってはいけないといわれており、ひとたび水の中に入ると渦にまきこまれてしまったとも。
▼沼や淵の底に住んでいるぬしが機織りをしてるというすがたは全国各地に多く残されてるもののひとつです。
【伝承】旭
●海上郡の仁玉村につたわるもの。村のある家ではお茶の木を育てたりすると命を失う者が出る、と言って忌まれてたといいます。むかしその家の先祖が、旅のひとが来た時お茶をあげなかったところ、その旅のひとの正体が弘法大師で、そんなことになっちゃったんだとか。
▼栽培する作物のうち特定の種類を禁止してる伝説ひとつ。安房のちゃがまのたたり(茶釜祟)では登場する伝説の人物は源頼朝ですが、やはり弘法大師のものもあるようで、こんな風に残ってたりします。
【伝承】君津
●君津につたわるもので、むかしあこぎな金貸しをしていた僧侶がいて、ある家の娘を借金のかたがわりに連れて行ってしまいます。娘の兄がそれに怒って石射太郎山でこの僧侶と殴り合ってついに谷底に捨ててしまったところ、幽霊が出るようになり、そのたたりで兄のやっていた炭焼きがまは炭がつくれなくなってしまい、つぶれてしまったトカ。
▼石射太郎[いしいたろう]山にある坊の沢、坊谷津という地名は、この僧侶を投げ落とした谷であるところから地名がついたとも。
【伝承】安房
●安房の富浦の沖あたりにいたというもので、夜な夜な海に光り物が見えるので、勇気をしぼって蜑[あま]たちがその光り物の出ているあたりに潜って見に行ったところ、7、8間ぐらいある大きな蛇がいたといいます。
▼「光り物」や「怪火」は房総半島と三浦半島のあいだあたりの海にはときどき見られたものだったようで、これはその原因がおおきな蛇だった、というおはなしがついているものの一ッ。
【伝承】銚子
●銚子の妙見腰というところにあった「本城[ほんじょう]知らず」と呼ばれる藪[やぶ]の中に入ると、どこからともなく出て来て、侵入してきた人間に群がって来たというふしぎな小さい虫たち。
白胡麻のような小さい蟻[あり]のようなものがうじゃうじゃと体に群がって来たり、足の長い蜘蛛[くも]のようなものが糸をからめて来たりしたらしいです。
▼本城知らずは、西銚子町本城の妙見腰にあった藪で明治の中頃に売却されて畑地に開墾されてしまったそうです。藪の中には小さい石で出来たほこらがあったとのこと。
【伝承】山武
●むかし、日行というお坊さんが雪のものすごく降ったときに深い雪道を歩いてたら、目の前に現われたというふしぎな女。赤ちゃんを抱いていて、日行に向かって「この子を抱いてください」と言って来たので日行が抱いてあげると、雪のかたまりみたいに冷たくとんでもない重さ。お経を唱えながらなんとか耐えていると、しばらくたって女は「御師の済度によって、わたしは苦しみを脱しました」と言って赤ちゃんを抱き戻して消えたそうな。
▼山武郡大和村の宝珠山法光寺につたわるもので、この産女が去り際にくれたふしぎな水晶の宝珠は「産の玉」[ふぶすなのたま・うぶのたま]と呼ばれてます。
【伝承】君津
●夜、歩いてると田んぼの真ん中などにドーンと建ってたりするという見おぼえのないふしぎな茶店。狐[きつね]が化け術で出しているというもので、ひとを立ち寄らせては化かしたりしたといいます。
●この茶店に出遭ったあるひとは、きれいな茶店の娘に呼ばれてつい店に入ってしまい、「裏にはお湯もわいてますから汗でも流してください」といわれて肥えだめに入れられちゃったりもしたそうな。
▼君津市あたりなどにつたわる昔話に出て来るもの。
【伝承】君津
●とても図体の大きな狸[たぬき]で、魚を仕入れて帰って来たひとなどに向かって、橋の下から「おいてけぇ」と姿を見せずに声だけを響かせて魚を要求しては
、奪った魚を
バリバリ食べてしまったというもの。
魚を食べられたうえ、「馬もおいてけぇ」と言われて逃げまどった男が、この狸の家に迷い込んで天井裏に避難。大きな釜の中で眠った狸を焼き殺して退治します。
▼君津市あたりなどにつたわる昔話に出て来るもの。魚を運んでる馬方さんが山姥[やまんば]に「魚をよこせ」と迫られる昔話と同じ型のものです。
【伝承】安房
●安房郡につたわるもの。むかし、洲崎から上陸した源頼朝[みなもとのよりとも]の一行が休息をとりたくて蓆[むしろ]や飲むための湯を土地の者に頼んだところ、誰も提供してくれる者がなく、仕方なく近くの社で寝泊まりをして体を休めたそうで、それ以来、そのとき頼みを断った者の家では茶釜[ちゃがま]を火にかけたりすると、たちまち大きな火炎が巻き起こってしまうので、茶釜でお湯をわかすことは無かったと言われてます。
▼源頼朝などにかかわる伝説は安房などを中心に千葉県には多く残っています。
【伝承】利根川
●葛飾のあたりなどで言われてたもの。年を経た川獺[かわうそ]が変じて化けたりすると言われてたもので、ひとを化かして道で迷子にさせたりもするようですが、そのほかに、川の中から子供など人間をひきずりこんで生き肝などを食べてしまうと言われてました。
▼利根川の河童たちの正体として語られてたもののひとつです。
【伝承】山武
●山武郡大平村につたわるもの。おおむかしにこの地を流れる川に居たという毒蛇でひとびとを困らせてたそうですが、東国にやって来た日本武尊[やまとたけるのみこと]がこれを弓で退治をしたんだトカ。
●退治はされたものの、その後もこの毒蛇の霊がたたりをなしたそうで、たくさんのお坊さんが六万部のお経を誦修してこれを鎮めたと言います。そのことから六万部川という川の名前があったとのはなし。
▼日本武尊が放った矢の片羽がとれて落ち、それがこの地の片葉葦[かたはのあし]になったのだ、という言い伝えも同時に残されてました。
【伝承】野田 など
●障子の桟[さん]にクギをぶち込んだりしたりすると、ゆうれいが出て来るから、そういうことはやっちゃいけない、などと言われてたもの。
▼野田町につたわってた俗信にあるものですが、ほかの土地にも似たものはあるようです。
▼幽霊というのは子供に対しての「こわいもの」という意味でのチョイスから言われてるもので、唐箕をまわすと「ままおっか」が出る、「鬼」が出る、などといった俗信に出て来る「ままおっか」や「鬼」などと同じ用途のものです。
【伝承】夷隅
●夷隅郡布施村の殿台に出たとつたわってるもの。大きさが3尺あまりもあったという大きなかにで、むかし、夏の頃になると、はさみをふりまわして田んぼなどに現われては向かって来たりして人々をびっくりさせたといいます。
▼殿台は上総介広常[かずさのすけひろつね]の居城があった場所で、この大蟹は広常の霊がなったものだ、というはなしもあったそうです。
【伝承】下埴生
●下埴生郡(印旛郡)八生村あたりなどにつたわるもの。ひと気のない山道や夜道などを歩いてると、ガサッと現われて「水のめ、茶のめ」と言って来たりしたという子供。
●むじなが化けてるものだと言われてました。
▼「かぶきり」は、おかっぱあたまのこと。
【伝承】印旛
●印旛郡などにつたわるもの。隠座頭[かくれさどう](隠れ里にすんでいるひと)がお米をついてる音をさせて来るというもので、聴こえるのは縁起がいいなどとも言われてたそうです。
▼印旛郡遠山村では、こつこつぽんぽん聞こえるこの音の正体を、「たぬきのはらつづみだ」とも言ったりしてたそうです。
【伝承】佐倉
●佐倉城の姥ヶ池のなかに、むかし棲んでたとい巨大な蛇。池のぬしであると、はなしの中では言われたりもする場合があったようです。
▼佐倉の教安寺におさめられる大蛇のホネは、この姥ヶ池に棲んでいたものだというはなしと、印旛沼に棲んでいたものだ、など、いくつもはなしがあったようです。
【伝承】佐倉
●佐倉城にある池。むかし、若様を抱いて池のまわりを遊歩していた乳母がうつくしい水草を若様に採ってあげようとしたのですが、誤って若様がおぼれ死んでしまい、そのことを悔いて入水してしまったことから、この呼び名がついたと言われてたそうです。
●「うば、こいしいか」と池の水面に向かって声をかけると、ぷくぷくぷくと泡が底から上って来たと言います。
▼池自体は佐倉城址に残されています。声をかけるとあぶくなどが出るとされる水に関する言い伝えは広く全国に存在します。
【伝承】夷隅
●ひとに憑いたりしていた狐[きつね]で、1000歳以上生きているらしく、なかなか落ちることが無かったようです。
●正宝院の法印[ほういん]が狐に憑かれた男に、祈祷ほ施してみたのですが効き目がゼロ。あまりに困り果てたので「拙者もこの祈祷にて家内を養う者、あわれみたまえ」と狐にあやまったところ、その態度を聴いて離れたといいます。
▼夷隅郡につたわってたらしいもの。「飯綱明王の使者」だと自称したりしていて、正宝院の法印には狐憑きへの祈祷の法をこのあと教えてくれたとも言います。
【伝承】長狭
●山のなかにあった古墳の上に生えてたという大きい松の木。質の良い薪として使い勝手がよさそうだと考えた大工さんが、この木をのこぎりで伐りにとりかかったところ、のこぎりが何回か引かれたか引かれないかのうちに、大工さんはたちまち死んでしまったといいます。
▼長狭郡波太村につたわってたもの。古墳は落ち延びてきた大友皇子のお墓だとも言われてたらしいです。
【伝承】印旛
●むかし、印旛沼に夜な夜な出たというふしぎなひかりもの。近くの村人はこれを非常におそれてましたが、怪火などではなく、正体は3尺以上もある巨大な鰡[ぼら]だったそうで、水面の上にひかりものを飛ばしてるように見えてたんだソウナ。
▼『佐倉義民伝』などに出て来るもの。幼いときの惣五郎[そうごろう]たちがこれを退治したはなしに登場しています。実録物なので本当なのかどうなのかは不詳。
【伝承】江戸川
●人間のうらみの一念が蛇になったりしたもの。うらみのある相手の体にぐるぐると巻きついて離れなくなったりします。
▼むかし、江戸川で鯉などを捕ってた男が河原でこれにぐるぐる巻かれてしまい困りながら家に帰って女房にそれを見せたところ、女房はあわてず鉄漿[おはぐろ]をつけた奉書紙でこの蛇の頭をおおいつつんでギュッ。蛇はばらばらになってほどけたと言います。
【伝承】印西
●印旛沼のちかく、印旛郡本埜村の中根というところに出たという竜灯。夜な夜な松や杉の木にぴかぴかと光ってひとびとをこわがらせたり、ふしぎがらせたりしたといいます。
●むかし、安食のほうへ向かう途中の絹売りの吉次[きちじ]と吉内[きちない]の兄弟が、船の上で所持金目当ての悪い船頭に殺されて、その怨霊がこれになったと言われたりしてたそうです。
▼吉次と吉内は、源平のころのおはなしに出て来る金売り吉次から来てるようです。(吉次・吉内・吉六の3人)
【伝承】長柄
●むかし、長柄郡一ッ松村にあったというもので、内容は上総介広常[かずさのすけひろつね]が源頼朝[みなもとのよりとも]からもらった挙兵の檄文。元禄ごろ(1688-1704)に悪いやまいがいきなり流行して、これを所蔵してきた村長の家の子供などがぞくぞくと病死。行者に占ってもらった結果、「古文書のたたりである」というもの出て、おそれた村長はこれを戸外にあるお稲荷さんのほこらに放置して、その難をのがれようと祈願したとか。
▼実際にこの上総介の古文書の祟りが病原だったのかは不詳です。この結果それまでキチンと保存してこられたこの古文書も、雨や風にやられてボロボロになり、烏有に帰してしまったそうです。
【伝承】野田
●夜、くらくなってから便所には行くな、といわれてる地域もありました。なぜかというと、夜に便所に行くと「かまいたち」におしりを切られるから。
▼いつの間にか鎌で切られたような傷が足などに出来るのがモトモトの「かまいたち」ですが、この「夜、便所へ行くな、かまいたちにおしりを切られる」という俗信は、その呼び名が「こわいもの」に転移したようなあつかいになってます。
【伝承】市川
●木の上など高いところから砂をばらばらッとまき散らしてきて、したを歩いてるひとをびっくりさせます。
●須和田の東光寺に生えてた槙[まき]の大きな木のしたを、暗くなってからとおったりするとよくこれに遭遇したといいます。
▼日本の各地につたわってる歩いてるひとに「砂」を降らせてくる妖怪のひとつ。
【伝承】八街
●建長のころ(1249-1255)岡田の地でぶっ倒れて死んでしまったという白馬。それ以後この白馬がたたって、鬼火がとんだり、近くを馬に乗ってとおったりすると必ず落馬し、けがを負ったりしたといいます。
●こまった村人たちが、土地の法印[ほういん]に頼んで馬頭観音をつくり、この白馬のたたりをしずめようとしたのですが少しもおさまらず、その後ここを訪れた日蓮[にちれん]によって、ようやくしずめられたそうな。
▼八街市岡田にある岡田馬頭観世音堂のいわれになっているもの。日蓮がやって来て白馬をしずめたというのは文永元年(1264)と伝えられており、10年くらいはたたりがつづいてたものと見えます。
【伝承】佐倉、茂原
●佐倉あたりでは中身の入ってないからっぽの唐箕[とうみ]をまわしたりすると、出て来るといわれてたもの。「ままおっかが出る」のほか「鬼が出る」という言い方もされていて、子供たちにそういういたずらをさせないために言われてたようです。
●茂原あたりではからっぽの唐箕をまわすと、継母が出る、蜂が出る、化物が出るなどとも言われています。
▼「ままおっか」という単語自体は「ままはは」(継母)という意味ですが、意味としては実際の継母ではなく、昔話に出て来る"こわい存在"の継母の意味だと考えられます。
▼唐箕は、叩いたりしてお米を籾[もみ]から出したあと、籾がらをとりのぞくために使う道具。
【伝承】佐倉
●宙を飛ぶひとだま。死ぬ間際のひとの顔が浮かんでみえたりしたといいます。
●ふつうの人間の顔の倍くらいの大きさをしてたとも。
▼「だませ」は「たませ」と同じで、「たましい」という言葉から来てる「ひとだま」の呼び方で、千葉県には広く分布してた呼び方。
【伝承】佐倉など
●きつねたちが起こすと言われてた怪火。
●佐倉あたりでは、赤いちょうちんのような火が、気温の生ぬる〜い夜などに、田んぼや川のあいだをふわふわ飛んだりしたといいます。
▼狐のことを「とうか」とか「おとうか」と呼ぶのは、関東地方にひろく見られる呼び方です。狐と関係のある稲荷[いなり]の漢字の音読みから来てるのだ、とよく解説されます。
製作 ■ 氷厘亭氷泉(こっとんきゃんでい)